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「脂肪が作り出す酵素で、老化に対抗することができる」
米ワシントン大・今井眞一郎教授が語る
「抗老化と長寿」研究の最前線
今井眞一郎 Shinichiro Imai
1964年生まれ。医学博士。米国ワシントン大学医学部教授。慶應義塾大学医学部卒。哺乳類における老化・寿命のメカニズムの研究及びその理解に基づく抗老化方法論の確立が専門。
人間でいう60歳前後のマウスの活動量が30代に戻った
堀江貴文(以下、堀江) 今井さんは、いつ頃から“老化”の研究をされているんですか?
今井眞一郎(以下、今井) 医学部の学生だった1987年頃から老化の研究をはじめて、大学院で助手をしていた97年にアメリカに渡り、MIT(マサチューセッツ工科大学)で博士課程後(ポスドク)の研究を行ないました。その後に、ミズーリ州セントルイスのワシントン大学で老化•寿命研究の自分のラボを開いたのが2001年ですから、老化研究一筋30年ですね(笑)。
堀江 30年か、すごいですね。今日は、その老化の研究について詳しくお聞きしたいんです。
今井 わかりました。まず、老化や寿命の研究は大きく「細胞レベル」と「個体全体」に分かれていて、私の研究室では主に個体全体の老化の過程について研究しています。
堀江 はい。
今井 私たちは脳や心臓、肺、肝臓それから骨格筋や脂肪など、いろいろな臓器を持っていますよね。その臓器たちがお互いにコミュニケーションをとって、全体がちゃんと働くようになっています。老化はこのコミュニケーションが悪くなることで起こります。この臓器のコミュニケーションによって成り立つシステムのことを私たちの研究室では、“NADワールド”と呼んでいますが……。
堀江 NADって、ニコチンアミド・アデニンジヌクレオチド(=電子伝達体)ですよね。
今井 そうです。よくご存知ですね。で、そのNADワールドには、“視床下部”と“骨格筋”と“脂肪”という3つの重要な構成因子があります。視床下部は老化のコントロールセンター。骨格筋は視床下部からのシグナルを受けて、他の臓器をコントロールする物質を分泌するエフェクター。脂肪は視床下部を助ける重要な物質を分泌するモジュレーター。
堀江 それは、フィードバックループになっているということですか?
今井 そういうことです。なぜ視床下部がコントロールセンターだとわかったかというと、サーチュイン(長寿遺伝子)の中で一番メジャーなSIRT1(サーティワン)を脳内で強めたマウスを作ったら、長寿だけでなく老化が著しく遅れました。その時に脳の中でどの神経細胞が活発な動きをしているのかを調べたら、視床下部だった。さらに興味深かったのは、視床下部だけでSIRT1の働きを強めたら、人間でいうと50代後半から60代前半だったマウスの活動量が30代くらいになった。カラカラとホイールを回す活動量が30代くらいに戻ったんです。
堀江 へぇー!
今井 そして、そのマウスの骨格筋を調べてみると、構造や機能も若い状態に保たれていました。視床下部から交感神経を通じて骨格筋にシグナルが行くことがわかったんです。このことで筋肉が老化して介護が必要になるようなロコモティブシンドロームなどは、筋肉だけではなく脳が弱ってくることが原因だということがわかってきました。
「小太りが長生きする」は本当だった
堀江 なるほど。じゃあ、脂肪はどういう役割をしているんですか?
今井 NADワールドは、NAMPT(ニコチンアミドホスホリボシルトランスフェラーゼ)という酵素がNADを合成して、それをサーチュインが使うという構図になっています。脂肪は、このNAMPTを血中に分泌して、NMN(ニコチンアミドモノヌクレオチド)というNADの一歩手前の物質(NAD合成中間体)を作らせるように働いているんです。
堀江 ほう。
今井 脂肪は、こうした重要な酵素を分泌して、老化のコントロールセンターとなっている視床下部の機能を支えているんです。ですから最近、講演などで申し上げているのは、50代、60代、70代などの世代の方は、ダイエットはしないほうがいいだろうということです。堀江さんはBMI(Body mass index)という言葉をお聞きになったことはありますか?
堀江 はい。
今井 大雑把にいうと脂肪の量ということになるんですが、例えば、BMIが30を超えると確実にメタボになって死亡率が上がります。逆にBMIが20を切るような方々も、お年を召されてくると感染症にかかったり、心臓血管系の病気になって死亡率が上がるんです。
堀江 へー。
今井 では、死亡率を最低にするBMIがどれくらいかというと、人種を問わず男性でだいたい25、26。人によっては27くらい。
堀江 僕はちょうどそのくらいです。
今井 女性は22、23。要するに“小太り”くらいの感じが最適ということなんです。
堀江 じゃあ、小太りが長生きするみたいな話はそこからきているんですか?
今井 そうだと考えています。「ちょっと小太りが長生きする」という皆さんがなんとなく知っている民間伝承には、真実が隠されていると思います。
堀江 なるほど。
今井 もちろん、何か病気を持っていらっしゃる方はそうはいかないとは思いますが、特に病気を持っていらっしゃらない方でBMIが25、26の50代、60代の方は、その状態を保つのがいいと思います。
堀江 へー。
抗老化でがんになる確率も著しく遅くなる
今井 実は今、脂肪が分泌するNAMPTへの注目がかなり高まっています。そして、先ほど申し上たように、NAMPTが作っている物質がNMNというものです。このNMNを投与したら老化が遅れるのではないかと思って、マウスに1年間投与しました。すると、人間でいう60代くらいのマウスが40代くらいの状態に保たれることがわかりました。
堀江 すごい。で、そのあとはどうなったんですか?
今井 このプロジェクトは1年間で終了してしまったので、寿命への影響がどうなるかはわかりませんでした。でも、私は寿命が延びるんじゃないかと予想しています。
堀江 そうですか。
今井 不老不死ということはありえません。必ず、死が訪れる。でも、それまでの間、健康な状態は保てるかもしれない。これは私がいつも話していることなんですが、“プロダクティブエイジング”というのが、私の研究のコンセプトであり、目標なんです。年をとっても健康で、今と同じようにアクティブに自分の生活を楽しんだり、社会に貢献し続けることができたら、お年寄りが増えても介護などがあまり必要にならず、高齢化の問題は今考えているよりひどくはならないでしょう。
堀江 そうですね。例えば、がん細胞とかには、どう働くんですか?
今井 私の研究室ではがんを専門には研究していないんですが、サーチュイン機能が失われてがんになる場合と、サーチュイン機能が強まってがんになる場合の2種類があるらしいということがわかってきています。ただ、私たちが非常に興味を持っている現象があります。先ほど脳のSIRT1を強めたマウスで老化が著しく遅れたと言いましたが、実はそのマウスはがんになるのも遅れるんです。
堀江 へー。
今井 研究室で飼っているマウスの多くは、リンパ腫などの血液のがんや肝臓がんなどで死んでいきます。ところが脳のSIRT1を強めたマウスは、がんになるのが著しく遅れました。なぜ遅れたのかはまだわかっていませんが、がんになる時期は確実に遅くなりました。
堀江 NADは加齢とともに減っていくんですか?
今井 はい。その理由はふたつ考えられていて、ひとつは慢性の炎症です。体の中に細菌や他の物質などが入ってくると炎症がおこります。それが治った後も、ある程度軽い炎症状態が続くことがあります。そして、その蓄積が慢性の炎症状態になる。するとNADを合成する酵素の量を下げてしまうんです。
堀江 ふーん。
今井 もうひとつはDNAの損傷じゃないかと言われています。大まかにいうと細胞のダメージですね。細胞の修復には、すごい量のNADを消費するんです。ですから、まとめるとNADの合成の減少と、NADの消費の上昇。
堀江 ダブルでくるんですね。
今井 そうです。
数年以内に抗老化の商品が広く流通する
堀江 もうひとつ根本的な質問があるんですけど、生まれてからの人間の体内のNAD量はどんな感じになるんですか? 増えていくんですか? 変わらないんですか?
今井 それは非常に重要な問題で今、調べているところです。実は最近、面白い報告がありました。イタリアの研究グループが、人の母乳の中にNMNが大量に含まれているという論文を発表しました。ということは、新生児はNMNをおそらく母乳から採っているんです。
堀江 あー。
今井 ですから、母乳を飲むことによってNADの合成を一気に上げているというのが、ひとつの説明として考えられる。そうして成長していくうちに自分でNADを供給する能力を獲得するようになる、と。
堀江 ということは、人工的にNADの量を上げることもできるわけですよね。
今井 そうですね。NMNを供給することで、非常に顕著な抗老化作用があることが私たちの研究でわかってきましたから。
堀江 そのNMNは、いつ頃広く普及しそうなんでしょうか。
今井 たぶん、2、3年以内だと思います。
堀江 え、そうなんですか?
今井 はい。というのは、すでに売られていますから。ただ、今は非常に値段が高い。それをもっと安くするのに時間がかかるというだけです。
堀江 そうなんですね。
今井 今、いろいろな方が飲んでいますが、それでわかったのはどうも人によって必要な量が違うということ。まあ、当たり前のことですが……。
堀江 そうでしょうね。
今井 あと、現在、市販されているNMNやサンプル商品の結果や感想は、科学的にきちんと検証されたものではありません。それを検証する研究が今、始まったばかりですから。でも、その研究も何年もかかるものではありません。それらの研究結果を基に、2、3年のうちにNMNが抗老化の具体的な物質として使われるようになると思います。
堀江 もし今後、多くの人がNMNなどによって若返ったとして、その後に来る社会がユートピアなのかディストピアなのかというのは、人によって評価が分かれると思いますが。
今井 はい、そうだと思います。例えば私たちが脳を操作して長寿にしたマウスは、中間寿命(群の個体の半数が死亡する時期)と呼ばれるものがメスで16%、オスで9%伸びました。これを人間に換算すると女性は13 、14年くらい寿命が延びる計算で、平均100歳くらいです。男性は7、8年余分に生きられる時間が持てるという感じです。大雑把に言うと健康でいられる時間が10年間伸びた時に、自分はいったい何をするかということをきちんと考えておくことが大事になってくるのだと思います。それはもはや決してサイエンスフィクションではありませんから。
堀江 そうですね。先生、とにかく頑張って研究して、安くなるようにしてください。そして広くみんなが普通に飲めるようにしてください。
今井 わかりました、努力します(笑)。
堀江 NADワールドの話、とても面白かったです。ありがとうございました。
今井 こちらこそ、ありがとうございました。